知らないと損をする筆跡鑑定の話 第29話





【「レ」点の鑑定】




 ■金融機関の申込書への「レ」点チェックは有効か

  私は今までに「漢字」は当然として、「ひらがな」、「カタカナ」、「アラビア数 
 字」、「英語・仏語などのアルファベット」、「英文のサイン」などを鑑定しています。

  「英文とサイン」は同じだろうと思われるかも知れませんが、普通にアルファベット
 で書かれた文字とサインは全く別ものです。欧米圏でのサインとは、他人に模倣されな
 いよう工夫した独自のものです。

  前号でもこのサインについて書きましたが、ときにはかなり変化のあるサインを、欧
 米の金融機関の窓口では、一分足らずで真贋を見定めるということです。どうやら、彼
 らは「サインを読む」のではなく、「ひとつの図柄」、つまり絵として判断しているよ
 うです。

  日本の話に戻って、筆跡鑑定では、判断しやすいのは、何と言っても画数の多い漢字
 の鑑定です。例えば「鷲岡麗子」などのように画数の多い文字は偽造も困難ですし鑑定
 も容易です。一方、「田中一」のような簡単な文字は、偽造も容易で鑑定も難しくなり
 ます。

  そのなかでも最も難しいのが、よくチェックで使われる「レ」点です。レ点の鑑定な
 どあるのかと思われるでしょうがそれがあるのです。最近の例では、ある証券会社の 
 「仕組債投資に関する買付申込書」へのレ点チェックを巡る争いがありました。


 ■「レ」点という単純な形でも鑑定できるか

  仕組債とは、海外の会社が発行者で、国内の証券会社が販売するものです。「買付申
 込書」には、顧客がリスクを理解して申し込んだ旨の確認チェックが必要な部分があり
 ます。

  つまり、「リスクを十分理解した」とか「投資元本割れのあることも理解した」とい
 うような項目が数項目あり、それを「買付債権」ごとにチェックしなければならないわ
 けです。この事案では、そのような申込書が9枚もありました。

  本来は、顧客が内容を読み自らチェックするわけですが、顧客は自分はチェックをし
 ていない。署名だけさせられて、あとは販売担当者が勝手にチェックしたものだと訴え
 ているという状況です。

  このような場合、極めて簡単な「レ」点をどのようにして判断するのかということで
 すが、申込書のうち、顧客が自分でチェックしたものと、そうではないというものを比
 較して同一人のチェックか、別人のチェックかを判断するということになります。

  「レ」点という単純な形でも、細かく見ていけば個性はあるものです。まず、レ点の
 「大きさ」があります。「筆圧や筆勢を含めた力強さやスピード感」というものもあり
 ます。このような部分には書き手の性格が表れるものです。

  また、「V型の左右の画線の長さ、あるいはそのバランス」ということもあります。
 さらには、「折れ部のタッチ」つまり「丸みが感じられるか、鋭く折れるのか」等にも
 個性が表れます。

  というわけで、1枚の申込書の10箇所ほどもある「レ」点をチェックすることにな
 りました。


 ■資料数の多い時に有効な「パターン鑑定」

  具体的には、まず顧客が自分でチェックしたという「レ」点を4タイプに整理しまし
 た。この整理の精度が大切です。そして、自分の筆跡ではないという「レ」点をその 
 A・B・C・Dの4パターンと照合して点検していきました。

  このような一種のパターン処理は、例えば郵便貯金の引出用紙などでもやったことが
 あります。その事案は、お婆ちゃんの預金を、息子とその嫁がお婆ちゃんの署名を模倣
 して引き出していました。何と、その用紙が60枚もあったのです。

  そのときは、息子と嫁の変動のある模倣署名を、2名×3パターン用意して、鑑定書
 上でそれらを比較対照して異同を証明しました。このような場合、鑑定人の私は一目見
 ただけで異同は判るのですが、依頼者をはじめ、裁判官に如何に理解して頂くかが重要
 でその工夫が必要になります。
 
  ……ということで、「仕組債投資に関する買付申込書」へのレ点チェックは疑問の余
 地のない鑑定になりました。


 ■セールスマンの犯罪

  実は、レ点チェックは、過去にも経験しています。たとえば、ちょうど8月の今頃、
 西伊豆のあるスーパーの出来事でした。小さなスーパーを3店経営している経営者のT
 さんは、事務所で何気なく仕入伝票を見ていておかしなことに気づきました。

 「何だ!こりゃ?」。その伝票にはインスタントカメラ……数百円のものですが、50
 個も記入されていたのです。いくら夏休みの掻き入れ時といっても当店でこんな大量に
 仕入れをするはずがない。しかし、受領した店員のサインもあります。

  (えっ?)と思って、伝票を繰っていくと、あるわあるわ、毎週のように同様の伝票
 が見つかりました。「やられた!!」。さすが経営者のTさん、不正に気づきました。

  他の店も含め、過去にさかのぼって調べていくと、何とその手の伝票が100枚も見
 つかったのです。被害額はざっと500万にもなります。

  このカラクリはこういうことです。その問屋のセールスマンは、週一回くらい回って
 きます。店の在庫をチェックして不足分を補充していく仕事です。

  そして、補充した商品を店員に確認してもらい、納品書にチェックの「レ」点とサイ
 ンをもらって、それを事務所に届けて終了という作業です。これだけなら、事件は起き
 ません。店員のサインをもらって事務所に届ける間に一仕事するというわけです。

  まず、店員にサインをもらうときは、納品書は切り離してなくノート状態です。その
 後、一旦自分の車に戻り1行書き加えて、自分で「レ」点を書き込みます。

  その伝票を事務所に届けて終了というわけです。スーパーでは店と事務所は離れてい
 て、事務員は店員のサインがあれば、内容を確かめる人などはほとんどいません。だか
 ら、犯罪が成立してしまうのです。

  セールスマンは、その店に売ったことになった品を現金仕入れをしている小型店に販
 売してお金をポケットに入れで完全成立というわけです。

  これは、後に経営者から連絡があり、問屋と交渉してほぼ全額を回収できたというこ
 とで感謝されました。                         

                                  この項終わり


 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
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