知らないと損をする筆跡鑑定の話 第28話





【英文サインの鑑定】




 ■米国新財務長官ジャック・ルー氏のサインは有効か

  今年の3月に、テレビの依頼で米国新財務長官ジャック・ルー氏のサインについてコメ
 ントしました。あまりに簡単なサインなので、通用するのか、偽造されないのかという質
 問があったのです。米国メディアでも問題視されたようです。

  ご覧になった方もいらっしゃるかも知れませんが、確かに彼のサインは、ちょうど、
 ボールペンの書き心地を確かめるときにやるように、クルクルクルと丸を横に10個ほど
 も並べたようなものでした。確かに偽造も容易ですし、真偽を確かめるのも困難です。

  財務長官はドル紙幣にもサインが印刷されるので責任が重いのです。オバマ大統領は任
 命式で「ジャックのサインを見たときは、指名を取り消そうかと思ったよ。僕にも読める
 文字を1字は入れてくれと注文したんだ(笑)」とジョーク混じりのコメントをしたほどで
 した。

  大統領のこの要請は実現したようで、6月には少し複雑になったジャック・ルー氏の新
 しいサインがテレビで報道されていました。


  ■サインに必要な条件とは

  欧米におけるサインは、日本人の感覚と異なり読める必要は無いのです。人によっては、
 むしろ読めない方が偽造されにくくていいと言う意見もあるほどです。

  サインで大切なことは、真似をされないだけの一定の難しさがあること、いつも安定し
 て書けること、店先で書くようなことも多いので素早く書けること、あとは、書き手の人
 格や品位を感じさせるものであること等です。

  やはりサインにも印象がありますから、「品が良い」とか「温かみを感じる」などの方
 が良いわけで、「ヒステリックである」とか、「奇人を想像させる」というようなものは
 良くないわけです。

  そのため、欧米では貴族や財閥の御曹司はもとより、社会で責任ある立場の人は子供の
 頃からサインを練習し、良いサインをマスターする習慣があるようです。


  ■難しいサインの鑑定

  さて、そのサインの鑑定ですが、私も今までに10件くらいはやっています。この場合、
 日本の金融機関に提出している「借入申込書」や「連帯保証書」などであれば比較的簡単
 なのです。

  何故なら、わが国の金融機関ではサイン以外に「本人自署欄」などには、活字体で記入
 することを求めているからです。その後ろに、彼ら本来のサインを記載していることが多
 いのです。

  わが国の戸籍係などに婚姻届を出さうとしたとき、もし欧米人並みの流暢なサインをし
 たら「きちんと楷書で書いて下さい」などと言われてしますが、このわが国の風習が金融
 機関の鑑定では役立つのです。

  活字体で普通に書かれた文字であれば、日本字だろうと英字だろうと本質的には差があ
 りません。たとえば「A」なら「∩」のように曲線になるとか、「B」なら「β」のよう
 に傾くとか、それなりの個性が表れるからです。

  しかし、英文だけで作成された契約書などでは、そんな活字体の補足はありません。署
 名欄には個性的なサインがあるだけです。

  この彼らにとって本来のサインの鑑定は中々厄介です。もちろん照合する真筆はありま
 すが、書くつどに相当に変化しているものがあり、その変化が本人が書いた「個人内変
 動」なのか、別人の偽造なのかの見極めが難しいのです。


  ■サイン文化の根付いた欧米の銀行窓口

  欧米でよく活動している人に聞くと、欧米ではトラベラーズチェックを現金化しようと
 銀行に行くと、窓口担当者が数秒でサインを点検してOKを出すそうです。トラベラーズ
 チェックは、あらかじめ本人が小切手にサインをしておき、使う場合に、相手の目前でも
 う一度サインをします。

  だから、その2つのサインを見比べるということですが、それにしても若いお嬢さんな
 どもいる窓口の担当者が数秒でオーケーを出せるというのは、長年にわたりサインが身に
 ついている国民だから可能なのでしょう。少なくとも、鑑定人の私にはそれほどの短時間
 ではとても不可能です。

  ところで、このトラベラーズチェックのように、2回署名をすることは、遺言公正証書
 や養子縁組届について私が考えていることと同じです。

  私は、遺言公正証書などで問題が生ずるのは、馴れない筆記具で1回だけ署名をするか
 らだと考えています。2回署名をするシステムにすればトラブルは激減すると思います。

  欧米の銀行窓口に戻りますが、彼らのように素早く判断するには、ベースにあるサイン
 文化と同時に長年の経験が必要だと思います。

  そして、その真偽判断には「字の形」もあるでしょうが、本質は、字形の裏に生きた人
 間のリアリティを読み取れるか否かだと思います。

  窓口担当者にどうして判断できるのかと質問したら、「これは同一人の書いたものです
 から…」としか言いようがないのだろうと思います。つまり、このような判断は、感覚的
 なものが中心にならざるを得ないということです。

  しかし、これが本当の生きた筆跡鑑定なのです。わが国の鑑定のように、主に「字形」
 と「運筆」から具体的に証明することを求められる筆跡鑑定は本質的には片手落ちのよう
 に思います。

  その意味で、筆跡鑑定に「明確で科学的な方法」を望むことは、司法として止むを得な
 い一面があることは認めますが、「経験と勘による判断」を軽視していいとは思われませ
 ん。
                         
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一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
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