知らないと損をする筆跡鑑定の話 第25話





【認知症患者を装った遺言書の偽造を見破る】




  ■認知症患者の筆跡鑑定に朗報?


  4月2日の読売新聞に「脳波測って認知症判断」という記事が載っていました。開発
 者東京工業大学の名誉教授・武者利光さんの研究によると「認知症の方は脳波の出方が
 普通の人とは違う」ということです。


  認知症患者の脳波は健常者と比較して不均一な波形を示すそうです。国際学会でも研
 究結果を発表。設備も800万程度と安価で、時間も手間もかからないということで、
 すでに全国20の病院で試験的に採用されているそうです。


  近年は遺言書の鑑定も認知症がらみものが多くなりました。認知症は、近年注目され
 るようになった病気であり、確たる知識が不足していて筆跡鑑定でも悩まされることが
 多いのですが、このような診断が可能になるのは朗報です。


  認知症患者の筆跡鑑定はいくつか実行していますが、アルツハイマーの認知症の90
 歳の女性の書いた自筆遺言書があり、親族から本人のものとは思えないという相談を受
 け鑑定したことがありました。


  70歳ごろの手紙と対照しましたが、認知症の影響が筆跡にどの程度表れているのか
 の基準はなく、真筆なのか別人の筆跡なのかの判断には悩みました。


  結局もこの鑑定は、「別人の可能性が極めて高い」という結論になりました。それを
 受けて、改めて偽造を疑われる息子の筆跡の再鑑定を依頼され、今度は、明確な筆跡個
 性の一致を発見でき、息子の偽造したものと判明したものです。


  重要なのは、最初の鑑定で、何を根拠に「別人の可能性が高い」というところまで追
 い込めたのかということです。


  遺言書は便箋に横書き6行ほどのものでしたが、これは、90歳の老婆の筆跡ではな
 いだろうと確信を得た三つの疑問点がありました。


 ■認知症患者の遺言書に三つの疑問


  第一は、確かに筆跡は乱れていますし、文面は「遺」や「財産」の文字を間違って書
 いていたりして認知症のように見えるのです。しかし、詳しく観察すると、震えや渋滞
 はなく、文字の画線は意外に力強く滑らかなのです。


  これは、「90歳の年齢から見て不自然だな」というのが最初の印象です。ただ、こ
 のようなことは個人差があるので決定的には言えません。


  遺言書を書いてころの体調を知りたいところですが、依頼人は、お婆ちゃんとは別に
 暮らしていたため、アルツハイマーの中度の認知症であったというほかは体調について
 の情報はないのです。


  第二にもっと不自然なことがありました。それはひらがなの「す」「た」「お」等の
 文字において、第1画から2画へと連綿体で書いていることです。連綿体……つまり続
 け書きになっていました。


  ところが、このお婆ちゃんの70歳ごろ娘に宛てた手紙を見ると、このお婆ちゃんは、
 一切連綿体では書いていないのです。これは決定的な疑問です。


  70歳代に連綿体で書いていた方が、高齢になり、手がスムーズに動きにくくなって
 ポツン、ポツンと、1画、1画独立して書くようになったというなら分かりますが、逆
 はあり得ないでしょう。


  これで、疑問は決定的になりました。さらに第三の疑問が出てきました。このおばあ
 ちゃんは、自分の名前は「○○C子」と、「C」字を旧字体で書いているのですが、遺
 言書では、2回ほど「清子」と常用漢字で書いているのです。


  確かにこのようなことはよくあることです。例えば、正しくは「榮子」だけど、普段
 は「栄子」と書くなどのことです。しかし、このような人は役所への届などの場合には、
 多くの人は正規の字体で書くようです。


  遺言書も法的な意味もあり、気楽に書くようなものではないでしょう。そのような文
 書には正規の文字を書くのではないかと思われます。……ただし、認知症との報告があ
 ります。


  認知症の症状として「失語」……言葉を忘れるということはありますが、はたして 
 「失字」……文字を忘れるということはあるのでしょうか。医学系の書物から泥縄での
 情報を集めました。すると、レアケースですが、失語も症状としてあるとの記述があり
 ます。


 ■ドロナワで医学書から知識を得る


  「なるほど、認知症により自分の名前を忘れるということはあるのか」と分かりまし
 たが、今度は、本来の正規の字体「C子」は忘れ、世の中一般に使われている「清子」
 は理解していたということが疑問です。


  そこで、更に医学書を読み進めると、つぎのような記述にぶつかりました。

  「医学界の定説として、アルツハイマー型の認知症は脳の海馬にダメージを受ける。
 海馬は脳の『短期記憶』や『大脳皮質に記憶させる指令を出す』役割を果たしている」


 「海馬がダメージを受けると、数時間レベルの『短期記憶は失われ」、あるいは『新記
 憶の定着は困難になる』ものの、既に大脳に定着している『長期記憶』は影響を受けに
 くい」

  このことから考えると、おそらく、80年以上も前から記憶しているであろう自分の
 名前の字体を忘れるということは考えにくいといえます。ますます、疑問が強くなりま
 す。


  他人が遺言書を偽造したのであれば、「清子」と常用漢字で書くことは、さほど不思
 議ではありません。しかし、本人ならば本来の字形で書く方が「長期記憶」の安定度か
 ら考えても、確率が高いのではないかと思われます。


  このような疑問点があることを土台に、さらに「長期記憶は保持されやすい」という
 解説に力を得て鑑定を進めた結果、異筆であることをかなり程度証明することが出来ま
 した。


  ただ断定までは困難なので「別人筆跡の可能性が極めて高い」という結論に止めたわ
 けです。まあ、断定が100点とすれば95点程度ということになります。


  いずれにせよ、これがきっかけとなり、二度目の息子の鑑定で記載者を特定できまし
 た。医学書を読んだのも無駄ではなかったと納得した一幕でした。


                                  この項終わり



 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
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