知らないと損をする筆跡鑑定の話 第23話






【そもそも「文字」はどのようにして書かれているのか】
筆跡鑑定の成り立つ根本原理を理解する




  ■筆跡鑑定の世界では最も重要な原理が理解されておりません。


   今まで、筆跡鑑定の成立要件として、科学警察研究所などではつぎの三つで説明して
  きました。

  1.筆跡個性……筆跡には書き手の個性が表れる。
  2.筆跡個性の恒常性……何回書いても同じパターンが表れる。
  3.筆跡個性の希少性……確率的に珍しい筆跡個性がある。


   これは誤りではありませんが、重要な問題点があって、そもそも「筆跡個性とは、本
  質的に如何なるものであって人のどのような機能から生まれるのか」という、最も大事
  な根本原理が説明されていないことです。


   そこから、鑑定人といえども「単なる文字の乱れを筆跡個性と間違いたり」、「個人
  内変動(同一人が同じ文字を書いた時に生じる変化)を別人の筆跡個性と間違える」とい
  うような誤りを犯し筆跡鑑定を混乱させているわけです。


   そこで、今回は、人の機能面から考察して「そもそも文字はどのようにしてこの世に
  表現されるのか」という基本を徹底して考えてみようと思います。


   先生方に例えば「大」という文字を書いて頂きます。(この後筆跡診断がありますか
  ら、よければ実際に書いてみてください)。そして、「横線の上に縦画がどの程度突出
  しているかを点検して見てください。


   おおよそ文字全高の三分の一以上突出しているようなら「長突出型」です。五分の一
  以下なら「控えめ型」、四分の一程度ですと「中間型」ということになります。この三
  パターンの人口分布は、長突出型が約2割、控えめ型が約3割、中間型が約半分になり
  ます。


   筆跡心理学では、長突出方は人の下に納まっていにくいリーダー気質の人と解釈し、
  代表的な人に、織田信長、本田宗一郎、中曽根康弘などがいます。


   控えめ型はリーダー気質の反対で、人と協調して物事を行うのが得意という気質で、
  例えば宮崎県の知事だった「そのまんま東」さんやノーベル賞の小柴昌俊さんなどがお
  ります。もちろん、このタイプだからリーダーや社長になれないというものではなく、
  協調して皆をまとめていくタイプのリーダーになります。


   中間型は、身近な人が、自分よりもリーダー気質であればフォローに回り、控えめ型
  であればリーダー役を務めることになります。これには、性差はありませんから、夫婦
  でどちらがリーダーかを確かめてみるのも一興かもしれません。


   長突出型と控えめ型の組み合わせは、性格特徴を考えるとすぐ分かるように、ペアと
  しての相性は非常に良いわけです。これは、仕事のペアでも同じことです。


   このような、心理学的な話はあまり信用できないとう先生もいらっしゃるかも知れま
  せんが、フランスとイタリーでは、この筆跡心理学(グラフォロジー)の資格がないと法
  廷に関係する筆跡鑑定はできないのです。


  ■文字は、意識できない脳が中心になって書かれている。


   ところで、先ほどの「大」の文字ですが、上に突出する長さは、何回書いてもほぼ同
  じ長さになります。これが、筆跡鑑定でいう「筆跡個性の恒常性」というものです。


   そして、短い人に長く書いて下さいと強制すれば20文字程度は書けるでしょうが、
  40字も書くうちには元の長さにもどってしまいます。これが「偽造には限界がある」
  ということです。


   これは、何故でしょうか。この原理をしっかり理解しているのと、よくわかっていな
  いのでは筆跡鑑定をする上では大きな差になってしまいますが、大抵の鑑定人で理解し
  ている人はほとんどいないでしょう。科警研でも同じことです。


   私たちは「何を書こうか」とは意識していますが、「どう書こうか」とは意識してい
  ないのです。例えば「東京」と書かなければとは意識で理解しています。しかし「横線
  をどの程度の長さにするか」、「ハネはどの程度の強さにするか」などということは一
  般には意識しておりません。


   意識していないのに、何故間違いなく書けるのでしょうか。……それは、文字を書く
  という行動は、無意識下の「深層心理」の働きによって書かれているからです。深層心
  理とは脳分野でいわれる「潜在意識」とほぼ同じものです。


   深層心理には、遺伝なモノの他、「感情」「イメージ」「習慣化した考え方」と同時
  に、長年の経験のデータが蓄積されております。


   この深層心理は、19世紀末に心理学者のフロイトにより発見されたものです。先生
  方は、人の意識の形として海に浮かんだ氷山の絵、あるいはそれを単純化した三角形を
  ご覧になったことがおありでしょう。


   そして、三角形の上の僅かな部分が「意識」で、下の部分は「潜在意識」であるとい
  うこともご存じだ思います。つまり、人間は、海に沈んでいる潜在意識の部分が九割で、
  意識が管理しているのは一割もないといわれているわけです。


   どうも心理学という分野に違和感があるかたのために、最新の脳生理学で使われてい
  る言葉に置き換えて説明します。意識は「意識されている脳」、潜在意識は「意識され
  ていない脳」という言い方です。


   この言い方で、文字を書くという行為を表現すれば、書くべき文字は意識しています
  が、文字の形は、意識されない「脳の言語野」から取り出します。そして、やはり意識
  されない「運動神経」を介して書いているのだということになります。


   これが、普通の文字の書き方です。本質的には、意識されない脳、つまり管理できな
  い脳が中心になります。しかし、その無意識の文字を意識でコントロールしようとする
  ことがあります。


  ■意識できない脳から出てい来る文字を意識で調整しようとすると


   例えば、書道などで手本を見ながら書く場合です。この場合は、横画の長さやハネの
  強さを意識できる脳で調整して書いています。


   もう一つは、作為をもって文字を書くときです。つまり、人の筆跡を偽造したり、あ
  るいは、自分の筆跡と見破れないように書く韜晦(とうかい)のケースです。筆跡鑑定で
  は、こちらが本題になります。


   この場合、意識できない脳から出てくる文字を、他人の文字の手本を見ながら、ある
  いは自分の文字癖を想像しながら、意識できる脳で操作しようとしているわけです。


   このように書く文字に二つの意識が関与するとどうなるのでしょうか。筆跡個性……
  つまり筆跡に表れる自然な癖が混乱するわけです。


   簡単な例でいえば、例えば日頃、横線を水平気味に書いている人が強い右上がりの文
  字を模倣しようとしても、大部分は何とか類似して書けますが、時々、水平気味の横線
  が混じってしまうというようなことになるわけです。


   このような筆跡の混乱を鑑定人は読み取って、この文字は作為のある文字だと理解し
  てしまうわけです。このあたりは、大抵の鑑定人は、理論は知らなくとも経験則として
  はわかっています。しかし、ほとんどの鑑定人が気づいていないもっと重要なことがあ
  ります。


   それは、「気付かない筆跡個性には作為は施せない」という原則です。例えば他人の
  筆跡を模倣しようとしたしき、気づいた特徴は模倣することができます。しかし、気づ
  くことのできない特徴は模倣することができません。


   あるいは、自分の筆跡を変造しようとしても、「これが自分の癖だ」と気づいている
  部分には作為が施せますが、気付いていない部分に作為は施せません。
  人には自分でも気づいていない微細な癖があるものです。そのような部分は隠しようが
  なく実態がそのまま露呈してしまうということです。


   自分の背中を見ることはできません。そこから例えば、自分の背中は他人にはどう見
  えるのか、というようなことは気づかないようなものです。ちょっと違うかも知れませ
  んが、そんなものです。


   ……ということで、私たちが見ている筆跡というものは、本質的には、意識で管理し
  きれないものなのです。だからこそ、筆跡鑑定が成立するのだといえます。これが、筆
  跡鑑定の最も重要な原理です。「筆跡個性」とか「恒常性」とか「稀少性」というのは、
  その後位の要素なのです。
                                  この項終わり


 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
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