筆跡鑑定 メールマガジン 第15号








★☆★「知らないと損する筆跡鑑定の話」第15号 ★☆★



◆狭山事件・石川一雄さんの手錠を外したい



  ■1文字ずつの鑑定でも別人の筆跡であることは明白


  前号から、狭山事件・石川一雄さんの悲劇をお伝えしてきました。前号では、犯人の 
  決め手となった脅迫状は、文字全体の筆力から見て、小学校一年生程度の筆力しかない
  石川さんには決して書くことはできないものであったことを説明しました。


  今回は、文字一つひとつを分析してお伝えいたします。正式の鑑定書ではないので、 
  筆者識別に効果的な「友」と「な」の2字に限って進めます。


  筆者識別に関して重要なことがあります。それは、同一人の筆跡であることを証明す 
  るには、第一に「安定した同一性」があることと、第二に「安定した相違性」が発見さ
  れないことが必要です。


  「安定した」というためには、1文字では証明できません。理想的には全文字を取り出
  して分析しその分布比率を示さなければなりません。そこまでしなくとも、少なくとも
  2文字以上を調査して同じ筆跡個性の存在を確認する必要があります。


  つぎに、別人の筆跡であることを証明するのはずっと簡単です。それは、理論的には、
  「安定した相違性」が一つでも発見できればよいのです。筆跡は人の顔と同じで、例え
  ば「額」「目」「鼻」「口」が瓜二つであったとしても「顎」が異なれば別人です。た
  だ、他人のそら似ということもないとは言えませんので、もう1箇所、文字でいえばも
  う1文字、安定した相違性があれば異筆と言ってよいのです。このロジックに基づき、
  以下2文字について鑑定を行ってみましょう。


  まず、「友」の字の鑑定です。犯人の残した「脅迫状」、石川さんが練習の上警察で書
  かされた「脅迫状の写し」から、それぞれ三文字づつ取り出して比較してみます。
  つぎの資料1をご覧ください。

資料1
「友」字についての鑑定

  ア、
  aで指摘したのは、第1画の2画より左に突出する長さである。脅迫状は短く、石川筆跡
  は長く突出する。脅迫状も石川筆跡も3字が「安定した相違性」を示している。

  イ、
  bで指摘したのは、「又」字の第1画転折部の角度である。脅迫状は中央の1字は判然と
  しないが両端の2字は鋭角に折れる。中央の1字はありふれた個人内変動である。石川筆
  跡は、3字が安定して脅迫状よりも鈍角に折れている。

  ウ、
  cで指摘したのは、「又」字の第2画始筆部の位置である。脅迫状は低い位置から始筆し、
  第2画と離れているが、石川筆跡は高い位置から始筆し、第2画に近接する。これも複数
  文字が、安定し相違性を示している。

  エ、
  以上のように、この文字では安定した相違性が3点あり異筆を証明している


  如何でしょう、明確に「安定した相違点」が3点あり、誰が見ても異筆(別人の筆跡)で
  あるとお感じになったものと思います。つづけて、今度は「な」の字についてご覧くだ
  さい。石川さんの文字は、逮捕前に書かされた「上申書」と、警察で練習させられて書
  いた「脅迫状写し」から取り出しました。
  つぎの資料2をご覧ください。


資料2
「な」字についての鑑定

  ア、
  石川さんの文字は1字は上申書、2字は脅迫状写しから取り出した。一見して分かるよう
  に、稚拙ながら大きな変化はなく一定の筆跡特徴が明らかである。aで指摘したのは、
  「第2画の左に突出する第1画の長さ」である。脅迫状は短く石川筆跡は長く書かれる。
  この特徴は両資料ともに「友」字でも同じであった。筆跡個性(筆癖)というものは、文字
  が違っても同じような部分には同じように表れることが多い。

  イ、
  bで指摘したのは、「第1画から2画にかけての環状の運筆」である。脅迫状の左側の2
  字に明らかである。3字目は判然としないが運筆としては同じである。右端の1字は一部
  異なるが、ありふれた個人内変動である。このような運筆は文字を書きなれて手が滑らか
  に動かないと書くことは出来ない。石川さんには不可能である。

  ウ、
  この文字では、文字の外形も、脅迫状は縦に長く、石川さんの筆跡は相対的に横に広くな
  る。以上の「安定した相違性」があり、完全に異筆といえる。


  ■3資料ともに作為の形跡は見当たらない


  以上、2例のみの簡単な鑑定でも、脅迫状の書き手と石川さんは別人であることがお分
  かり頂けると思います。犯人と石川さんの間には、自転車に乗れる人間と乗ることがで
  きない人間の差のようなものがあります。


  つまり、石川さんは、自転車に乗る練習をしていないためにスイスイと走ることができ
  ないように、犯人のレベルの文字は書けないのです。いくら、真似をして書いてみろと
  警官に命令されても、できないものはできないという好例です。


  しいて言えばもう一つ証明しておくことがあります。それは、裁判の判決で「石川さん
  の上申書や脅迫状写しには作為がないとはいえない」(わざと下手に書いたのだろう)と
  の言い分を否定することです。


  これには、2つのポイントがあります。第一には、今回の「脅迫状」「上申書」「脅迫
  状写し」の3資料に作為の形跡がないことの証明です。一般に、作為があれば、これら
  の資料の筆跡個性(筆癖)には混乱や乱れが出るものです。自分の普段の筆跡を変えて
  書くのだから、筆跡個性が安定しないからです。


  今、「自分の普段の筆跡を変えて書くのだから、筆跡個性が安定しない」と述べました。
  当たり前だとお考えになって間違いではありません。しかし、これを真に理解するには、
  もう一歩の掘り下げが欲しいのです。


  それには、我々は、日頃の行動を一々意識してはいないということを思い出して頂きた
  いのです。例えば、皆さんが「今日は9時半までにオフィスに行こう」というようなこ
  とは確かに意識しています。


  しかし、どのようにして顔を洗ったのか、ネクタイを結んだのか、あるいは靴を履いた
  のか、などは特に意識せずにほぼ無意識に行動しています。それは、深層心理によって
  行動を管理されているから出来るわけです。


  これを字を書くことに置き換えれば、例えば「東京」と書こうということは意識しています
  が、具体的に「第1画をどの程度の長さにするか」、「ハネの強さはどうしようか」等とは
  決して考えないで書いているわけです。


  意識していないのに、間違いもせず書くことが出来るのは、日常行動と同様に深層心理
  によってコントロールされているからです。つまり、文字を書くときは、無意識に深層心理
  の命ずるままに書いているわけです。


  ところが、自分の筆跡とは違うように書こうとすると、それは、深層心理のコントロールに
  従わないわけですから、ある箇所には本来の自分の筆跡個性が表れたり、ある箇所
  は違う字形になったりと、筆跡が乱れることになるわけです。このようなことから、韜晦
  (とうかい…自分の筆跡を隠そうとすること)筆跡であることがバレてしまうということになる
  わけです。


  しかし、石川さんのケースでは、ご覧になられたように、「友」と「な」の字2資料には筆跡
  個性的な乱れはありませんでした。もちろん、同一人が同じ文字を書いた時に生じる個
  人内変動はあります。人の書く文字は、印鑑ではないので一定程度の変化はあります。


  しかし、個人内変動を超えるような「筆跡個性的」な変化はありませんでした。これは、
  「脅迫状」「上申書」「脅迫状写し」の3資料に作為の形跡がないことを証明しています。


  第二のポイントは、石川さんが脅迫状を見て「このような癖のある字だな」と理解でき
  ることです。これが理解できないと、違う筆跡で書くことは出来ません。もっとも、こ
  れは、石川さんが脅迫状をじっくり見せてもらったと仮定しての話です。


  仮にじっくり見せて貰ったとして、果たしてそれで、脅迫状から独自の筆跡個性が把握
  できるでしょうか……。それは不可能です。皆さんは先の鑑定をご覧になりましたが、
  あれは4倍くらいに拡大し、特徴を指摘されたから理解したのであって、普通の大きさ
  で書かれた文字を見て、「これがこの人の筆跡個性だな。よし、書くときにはここを変
  化させて書こう」などと意識し実行することは「絶対に」といえるほど不可能だという
  ことです。


  ■石川さんは部落民ということで犠牲になった


  ということで、唯一の物証である「脅迫状」は、石川さんの筆跡でないことが明白です。
  石川さんは、明確な証拠によって逮捕されたものではありません。警察は、暴行殺人の
  ような犯罪を行うのは部落民に違いないとして、部落民の若者を片っ端から調べ上げま
  した。そして、アリバイの弱かった石川さんが犠牲になったのです。


  この場合、筆跡鑑定は、「真実を知るためのもの」ではなく、「容疑を固めるため」の
  ものとして利用されました。このような、不当な筆跡鑑定は警察の常套手段です。


  ところで、私の鑑定をご覧になってどのようにお感じでしょうか。これほど明確に違う
  ものを、検察も裁判所も同筆と強弁するのに驚かれ、これは特殊な例だと思われるかも
  知れません。実はそうではなく、珍しいことではありません。


  私の主戦場は民事の世界です。しかし、ときには、警察現職の鑑定人との争いになるこ
  とがありますが実態は似たようなものです。一番の問題は、科学性ということに関して
  非常に無神経で杜撰だということです。


  私が常々声を大にして主張するのは、このような作為的な筆跡鑑定が、民事であっても
  冤罪を作り出している現実です。そして、それを鵜呑みにする裁判官が少なくないとい
  う現実です。


  私は、筆跡鑑定が鍵になる裁判では、誤審が相当に高い確率で存在していると思ってい
  ます。残念ながら、今回の鑑定程度の明白な内容が否定されることがあります。だから、
  誤審ということがはっきりわかるのです。


  ■石川さんの人間性


  最後に、このような耐え難い経験をしながら、石川さんは、「人生に感謝している」という
  のです。それは、図らずも刑務所に入ったため文字を勉強できたこと、そして多くの支援
  者との強いつながりに感謝してのことだそうです。

  もう一つは、仮出獄しても、両親の墓参りは行かないことです。それは、殺人者という
  立場で両親の前には立てない、墓参りは潔白が証明されてからだという信念からです。
  そのために、簡単に死ぬわけにはいかないと、健康管理に留意し毎日ジョギングをして
  いるようです。しかし、石川さんも、現在72歳です。一日も早く、無罪を勝ち取り晴れて
  墓参りができるように祈りたいと思います。


   ★狭山事件についてさらに詳しく知りたい方はつぎをごらんください。
   http://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/sayama/jiken/index.html


  ★ドキュメンタリー映画も制作中です。ご覧ください。
   http://sayama-movie.com/

                                          この項終わり




 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
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