筆跡鑑定 メールマガジン 第9号








★☆★「知らないと損する筆跡鑑定の話」第9号 ★☆★



◆私が誤った鑑定を憎む理由



   私は誤った鑑定書を強く憎んでいます。民事事件といえども冤罪を作り出しているから
   です。「冤罪」とは主に刑事事件で使われますが、無罪の人間に濡れ衣を着せるという
   意味では民事でも同じでしょう。たとえば、養子縁組届の偽造となれば公正証書原本不
   実記載同行使ということになり、れっきとした犯罪だからです。


   多くの方は、筆跡鑑定の誤りというと、裁判所が関与しない私製鑑定書を想像されるか
   も知れませんが、必ずしもそうとは言えません。裁判長の指揮のもとに、裁判所リストに
   載っている筆跡鑑定人に依頼した結果の誤りも決して少なくありません。


   私が、ここまで、警察系鑑定人を厳しく指弾していることが多いのは、鑑定人リストに
   載り、裁判長主導で鑑定をするという責任ある立場にいながら、鑑定内容にあまりにも
   誤りが多いからです。それも、純粋に技術的なものとは考えにくいような誤りが多いと
   痛感するからです。


   私が、鑑定を初めて一年程度のころ、誤った鑑定書を強く憎むきっかけになった事件が
   ありました。九州のローカルな地域の事件です。依頼者は50代の井上美恵子(仮名)さん
   です。彼女は、嫁いだ先の義理の母親のたっての願いで、養子縁組をしてその家の養女
   となりました。


   ◆若くして夫が病死する


   実は彼女は、22歳で農家の嫁として嫁いできたのですが、2年後に夫は20代の若さで急
   死してしまったのです。実家の両親は彼女に離婚してやり直すよう説得しました。しかし、
   彼女は婚家に残りました。


   義理の父親が病弱で、彼女がいないと、農家を維持していくのは困難だと考えたからで
   す。彼女が家を出てしまった後の婚家の困難を考えると見放すわけにはいかなかったの
   です。


   その家には、息子がもう一人いたのですが、農家を嫌って大阪に出て結婚し、実家には
   あまり寄り付かなかったのです。それから、30年、彼女は病弱な父親に代わり、普通の
   人の二倍も働いて義理の父母を助けてきました。
 
   義理の父親は、3年ほど前のいまわの際に老妻を枕元に呼んで言いました。「大阪に出
   ている息子は性悪者だ。ほおっておいたら、この神様のような嫁に財産を分けることな
   どしないだろう。養子縁組をして娘にしてくれよ」。


   「ああ、それがいい、必ずそうするよ」ということで、義父の死亡後に義母はその遺言
   どおり、美恵子さんと養子縁組をして二人は正式な親子になりました。美恵子さんは、
   義母を安心させるためもあって承知したのです。年老いた義母は、美恵子さんが引き続
   き留まって面倒を見てくれるのかどうかと心配していたからです。


   ◆とんでもない濡れ衣を着せられる


   養子縁組の届けを出して安心したのか、義母もその一年後には亡くなってしまいました。
   案の定、実の息子が訴訟を提起しました。あろうことか、養子縁組届の養母の署名欄の
   署名は、嫁である井上美恵子さんの偽造だというのです。


   筆跡がポイントになる争いなので、裁判長は筆跡鑑定をするよう指導しました。原告・
   被告とも承知して、裁判所リストにある鑑定人を指名し鑑定を行いました。結果は、義
   母の署名は、井上美恵子さんの筆跡の可能性が高いというものでした。


   驚いた井上美恵子さんの弁護士さんは、もう一度別な鑑定人に鑑定して貰いたいと強く
   要求しました。そして、同じく鑑定人リストに載っている別の鑑定人によって鑑定が行
   われましたが、結果は余計悪くなってしまいます。今度の鑑定人は、義母の署名は井上
   美恵子さんの筆跡だと断定したのです。こうして、一審は敗訴してしまいました。


   ◆5分でわかる簡単な筆跡鑑定だった


   この段階で、井上美恵子さんから私に問い合わせがありました。私は五分見ただけで、
   お婆さんの署名は本人のものだとわかりました。それほど分かり易い筆跡だったのです。
   こうして、私は明々白々たる鑑定書を作成しました。おそらく、公平な第三者が私の鑑定
   書を見たら、10人が10人とも納得すると思います。


   鑑定の一部を図でご覧ください。当事者の姓は伏せますが、おばあさんの名前「フサ」
   に対する私の鑑定です。警察系鑑定人の2人は、カタカナは字形が単純で鑑定には不適
   だとして鑑定から外しています。姓名4文字中の2文字を無視するとは、これだけでい
   い加減な鑑定だと分かります。
   鑑定図 1


   図は養子縁組届の部分です。上の「養親になる人」の欄は、本人自筆の必要がなく、こ
   のケースでは娘になる美恵子さんが記載したものです。最下部の「養母」欄は、母親に
   なる人……ここは言うまでもなく義母のフサさんが自署したものです。


   つぎに、鑑定した文字を示します。
   鑑定図 2
 

   左側が義母の筆跡、右側は美恵子さんの筆跡です。「フ」字は、美恵子さんの筆跡に比
   べて、義母は2画のなす角度が狭く(a)、横画に比べて斜め画が長くなり(b)明確に異
   なっています。


   「サ」字は、美恵子さんの筆跡に比べて、義母は横画の上に突出する縦画の長さが短く
   (a)、第3画が極端に長く伸ばす運筆(b)で、これも違いが明確です。警察系鑑定人2人
   が無視したカタカナでも、2文字あればこのように筆跡個性の違いは歴然とし、この2
   字だけでも別人の筆跡と認められます。


   ◆はたして、技術的な誤りだったのか


   鑑定書を送付し、その後のことは弁護士さんに任せました。気にかかっていた私は、1
   年ぐらい後に井上美恵子さん問い合わせをしてみました。何と、控訴審も敗訴とのこと
   です。判決文には「二人の鑑定人が黒で一人の鑑定人が白なので黒を正しいと認めた」
   というような文言があったとのことです。


   私は刑事罰の「公正証書原本不実記載同行使」のほうはどうなったのかと尋ねました。
   弁護士さんが、「万一控訴審で敗れたら刑事事件で争う、刑事事件なら筆跡鑑定も厳格
   だから」と言っていたのを思い出したからです。


   しかし、井上美恵子さんの返事は「刑事事件のほうへは進みませんでした。何もありま
   せんでした」ということでした。ということで、鑑定人の私としては、それ以上できること
   はないので電話を切りました。


   このケースは、私が鑑定人として仕事を初めて一年目あたりだったこともあり強く印象
   に残っています。このケースでは、私としては「裁判長は鑑定書を読んでいないのでは
   ないか」という疑念を払拭し切れません。


   また、それと同時に裁判所の鑑定人リストにある二人の鑑定人の誤りにも強い怒りを感
   じます。それは、あまりに明確な鑑定だけに、技量的な単純ミスとは言い切れないもの
   を感じるからです。このような場合、鑑定人が冤罪づくりに一役買っていることに、今で
   も許せないと強く感じています。


   最近も、中堅企業における中傷文書の事件に係わり、改めて警察系鑑定人の罪に怒り
   を感じています。これは、犯人と疑われた40歳代の男性に対して行った鑑定書のあまり
   のお粗末ぶりに対してです。


   ◆鑑定人が紛争を作り出している


   この会社は、社長の行状についての中傷文書を、同社と関連会社相手に2通出され、組
   合活動をしていたある男性が疑われたのです。会社は、警察系鑑定人に鑑定依頼をしま
   した。結果は、その男性を黒と断定したものでした。


   そこで、会社は、安全の面からもう一人、やはり警察系鑑定人に鑑定を依頼しましたが、
   これまた黒という結果です。ここで、会社は裁判を提起し、労組の責任者から私に問い
   合わせがありました。


   2人の鑑定書は、警察の鑑定の本から同じ一般論を長々と引用し、肝心の鑑定内容は、
   全体ボリュームの20パーセント程度しかありません。いかにも権威主義的で、私は、
   これらの鑑定書を読むと、いつもながら「季節外れの痩せた蟹」を連想してしまいます。


   「季節外れの痩せた蟹」というのは、外観は堂々としているが、中身はスカスカで食べ
   られるものではないという意味です。実質的な中身のなさをどうすれば糊塗できるのか
   と腐心している様子が、同業だけに手に取るように分かります。


   私は、正しい鑑定書と意見書2部を作成して渡しました。その折、紛争はどんな具合な
   のかを尋ねました。労組の責任者の説明は、「会社もそれほど熱心に追及している訳で
   はないのです。しかし、2通の鑑定書が黒というので、無視するわけにもいかず、それ
   で争いになっているのです」


   つまり、このケースでは、鑑定書があるから係争になっていることが明らかです。しか
   も、同業の私からみたら、読むに堪えないような粗末な鑑定書によってです。


   仮に最初に私に鑑定依頼があれば、このような無用な争いには発展しません。それを、
   実力もない鑑定人が、警察でのキャリアを悪用し、素人騙しのような鑑定書をつくり無
   益な争いを作り出しているのです。これは社会悪です。
   今回のようなケースには、今までに、15件程度は経験させられました。私は、このよ
   うな事件にぶつかるたびに、同じ筆跡鑑定人という職業であることが恥ずかしいし、怒
   りを感じないわけにはいきません。


   このようなケースにぶつかるにつけ、私は、もっともっと知名度を上げ、おかしな鑑定
   書を駆逐するだけの力をつけ、社会に貢献できるようにならなければと痛感しています。
   私が熱心にこのようなメルマガをお届けするのも、このような社会悪に対する怒りが原
   動力の一つです。
                   この項終わり


   作為筆跡の事例はこちらにもございます。

   http://www.kcon-nemoto.com/journal/kantei_journal_32.html

 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
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