筆跡鑑定 メールマガジン 第6号








★☆★「知らないと損する筆跡鑑定の話」第6号 ★☆★



◆若くて美人のお嫁さんの災難



    左手で書いた筆跡を、右手の筆跡で検証することは、多くの怪文書で経験しています。
   誹謗・中傷文書などの怪文書は、書き手を悟られないように、韜晦(とうかい)文字で発
   信することが多いのです。代表的な事件で説明します。


   これは、美人の若いお嫁さんに対し、実家の義姉が嫌がらせの手紙を送った事例です。
   それまで家族の中心だった座を、お嫁さんに奪われたという嫉妬心からのようです。
   お嫁さんが「PTSD(心的外傷ストレス障害)」を受けて病院で治療をする羽目になり、
   姉さんは認めようとしないので係争になりました。


   嫌がらせの手紙は2通あり、それぞれ普通の便箋に左手で書かれています。姉さんの普
   段の筆跡と10文字程度が比較でき、私は依頼を受けて丁寧な鑑定書を作りました。その
   時の文字がありますのでご覧ください。


   まず、嫌がらせの手紙の文字(鑑定資料)の文字に「思」と「悪」があります。姉さんの
   真筆としては「思」と「感」があります。ここでのポイントは2つあります。一つは、
   「a」記号を付けた「田」字などの転折部の形です。
 
   こちらの図をご覧ください→ http://kanteininkyokai.jp/magazine/20120620.html



   ◆断定する場合の一致・相違の率は


    「口、日、田」字等の転折部は、「丸く転ずる」と、「角に折れる」2通りの筆跡が
   あることから、「転折部」と呼ばれますが、丸に書く人、角に書く人が約半々です。つ
   いでですが、筆跡心理学的には、角に書く人は「生真面目型」、丸く書く人は「融通 
   型」と判断します。


   角に書くは規則通りきちんとした状態を好み、丸く書く人は現実に合わせて柔軟な行動
   を好む……つまり、人は自分の深層心理にフィットする形に書くわけです。ちなみに、
   このときの姉さんは角型、お嫁さんは丸型です。生真面目で視野の狭い姉さんから見て、
   嫁の柔軟な振る舞いに嫉妬したのかも知れません。


   鑑定のもう一つのポイントは、「b」を付けた「心」字の形です。4文字すべてが「第
   2画」が立ち上がっています。これは書道手本と比べるとわかるように、本来はもっと
   フラットになるものです。これは、偶然の結果ではなく筆跡個性的な特徴で、推定です
   がこのような書き方をする人は、おそらく5人に1人程度でしょう。


   このように、人には脳の言語野に保持している「字形のイメージ」がありますから、こ
   のケースのように、左手で書いても共通した字形として露呈してしまいます。この鑑定
   では、この他にあと5種程の文字に類似点を発見・指摘して終了しました。


    ちなみに、鑑定上どの程度の一致を見れば同一人と断定できるのかですが、仮に5人
   に1人であれば、0,2です。このレベルの文字が4個あったとすれば、「02×02×02×0
   2=0,0016」……つまり千人に1,6人となりますから、普通の民事事件ならば十分でない
   かと考えています。ただし、このような数値は、元になる「5人に1人」が推定ですから、
   鑑定書には「経験則としてこの程度」のような書き方にしています。



   ◆書道手本を使うことで微細な筆跡個性が発見できる。


    また、私は書道手本を活用することで分かり易くと心がけています。分かり易いとい
   うことは説得力につながる大事な要件です。たとえば、今回の「心」字の特徴なども、
   ただ漠然と見ていても特徴が分かり難いものです。それが、手本と照合することで標準
   から外れた特徴が見えてくるものです。


   これを私は「標準逸脱法」と命名しています。アメリカの鑑定最前線でも最近は同じよ
   うな方法が重視されていると聞いていますが、文字を検証するという同じ目的から、方
   法としても共通してくるものだなと思います。


   この「心」字の第2画が立ち上がっている程度の特徴は、ほとんどの人は意識していな
   いものです。自分の筆跡を隠して書こうとするとき、「これは自分の癖だ」と意識して
   いるところには作為を施せますが、意識していない部分に作為を施すことは出来ません。
   このようなところから韜晦文字は破たんしてしまうのです。


    他人の筆跡を偽造しようとするときも同じことです。模倣しようとして、その手本に
   なる他人の筆跡を見ても、気が付かない箇所の模倣は出来ません。したがって鑑定は、
   単純に字形の異同を観察するだけではなく、類似箇所であれば、気が付いて模倣できる
   部分なのか、あるいは、気が付かないので模倣は難しい部分なのかという角度からの考
   察が大切になります。


   私は、異筆であれ同筆であれ、判断するには、そのような角度からの裏付けを確かめて
   判断しますが、警察系の鑑定では、ついぞこのようなロジックを踏まえた鑑定書を見た
   ことはなく、字形の表面的な異同に終始しております。



   ◆鑑定に必要なロジック


    また、別のロジックが必要になる別の場面もあります。例えば、高齢な方の乱れた筆
   跡を鑑定しているときに、若い時の本人筆跡は強いハネを書いているのに、遺言書には
   ハネが書かれていない。誰が見ても、一見して分かる違いがあることがあります。


   このような場合も、警察系の鑑定は、「相違しているので異筆」と簡単に判断します。
   しかし、別人が偽造するときに、そのように、「誰が見ても気が付く目立つ箇所を違う
   字形に書く」でしょうか。私はむしろ、本人だからそんな違いも平気で書いた可能性が
   高いと判断します。


   もちろん、これは推定であり、その他のいくつかの一致点を踏まえての判断になります
   が。いずれにせよ、警察系鑑定人の鑑定書で、左手筆跡の解明は勿論のこと、こ
   のような掘り下げや理解を深めようとの試みなど見た事はありません。現役時代に身に
   付けた技術で、引退後のこずかい稼ぎでしょうから期待するのが無理というものでしょ
   う。


   そして、その警察系鑑定の問題点を十分に理解しないで、「一澤頒布」の一回目の判決
   のように、鵜呑みにして判決を下す裁判官が少なくないことは大きな社会問題です。一
   澤帆布遺言書事件の1回目の判決では、魚住教授らの指摘について、裁判長は「些末な
   違いで意味はない」と退けています。


    私は、自分の鑑定については、類似しているから同筆、相違しているから異筆……と
   いうレベルには到底満足できません。そうではなく、「この筆跡特徴はAさんには決し
   て書けない、これはBさんしか書けない」というレベルの鑑定を目標にしています。
       
             このあたりをさらに詳しく知りたい方は
         http://www.kcon-nemoto.com/journal/kantei_journal_71.html



   ◆説得力を増すための方法


    もう一つ、私の鑑定の特徴を上げれば、鑑定する拡大文字と説明を原則として1頁に
   まとめて提示することです。図を見ながら説明文を読むので非常に分かり易いのです。
   鑑定書を見たことのない方は「それは当然ではないか、図鑑のような図の必要なものは
   当然そうなるのでは」とお感じになるでしょう。


   確かにその通りです。仮に図鑑が、「まず説明文を読みなさい。図は巻末の図表に当た
   りなさい」となっていたら、どれほど不便で見難いものでしょう。しかし、警察系の鑑
   定書はすべてそのスタイルです。


   何故かと言えば、私のように拡大図と解説を一緒に提示するやり方は、編集に苦労させ
   られるからでしょう。私は、ほとんどはA4サイズに文字の拡大図を4〜6個程度載せ
   て、その下に解説文を記載します。


   拡大図が10個もあって納まらない場合は、A3用紙にして対応します。今までに、こ
   れで対応できなかったものはありません。ただ、説明文をより的確にして、無駄な表現
   をカットするなどの努力が必要です。


   その点で、警察方式は非常にまとめやすいでしょう。最初に、筆跡特徴をズラズラと書
   いていき、最後に対応する資料をポンとつけるだけですから、編集的な努力はいりませ
   ん。要は、作り手が楽をする鑑定書か、読み手が楽をする鑑定書とするべきかの価値観
   の問題です。


   警察方式では、説明本文で「13画は十分な長さに延展され」などという文章を読み、そ
   れはどこのことかと巻末の図表を繰って図を探し、「えーと、13画とはどこだ、ああこ
   れか、……なるほど長いな」などと一つ一つ確認することになるわけです。


   このようなことを1文字で4〜5回繰り返し、5字、6字と確認していくうちには、神経
   は疲れ果て、ついには何を調べようとしていたのかも混乱してしいまい、ついには理解
   の努力も諦めてしまう(笑)……仕事だから諦めはしないでしょうが、腹が立ってくるこ
   とは間違いないと思います。


   一番ひどかった鑑定書で、たとえば、「貝の部の形態構成。」、「第4横画線の長さの
   構成。」と書かれていました。何を意味するものかお分かりになるでしょうか。私には
   分かりません。「貝の部の形態構成は○○である」と書いてあるのなら。想像力を働か
   すこともできるかも知れませんが、「貝の部の形態構成」で終わっているので    
   す。???です。これは、警察内部の方言でしょう。


   私は、裁判官が鑑定書をしっかり読んでいないなと感じることが少なくありませんが、
   鑑定書の、このような内容も影響しているのでは考えることがあります。説明文面の方
   言や難解さと相まって、専門の私でも1日掛けて読んでも何が書いてあるのかさっぱり
   分からないという鑑定書があるからです。
 
   次回は、NHK『ためしてガッテン』で、私の鑑定能力を試された話をお届けします。

 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
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